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サクブンチョウ

生活と音楽と物語と

ハロウィン前の私のこと

2016年10月29日

 

気がついたら10月が終わろうとしていて、

SNSではハロウィンの映像が流れてくる。

 

今日はとても寒くて、10月はとうに終わっていて、冬になっているんじゃないかって思えた。

マフラーを巻いているのは私だけだったから、冬は来てないんだろうけど。

 

そんなことを考えて家を出たら

電車を乗り間違えて美容院に間に合わなくなってしまった。

明日になってしまって、なんだか申し訳なくなって、反対の電車に乗ることにした。

反対の電車に乗っていると、景色だけは逆再生するから、美容院にも間に合う気がした。

 

そんなことはないんだけど。

 

 

頭の中には昨晩の酒と言葉が残っていて、

どうしても私は人の自意識と不誠実が苦手で、

すっかり綿の抜けたしわしわの布団にくるまって寝た。

冷蔵庫に入れっぱなしのピーマンみたいになってた。

 

ここ最近はなんだか自分の能力が不安になる。

私は本当は何にもできない呼吸器で、

なにも生み出せない機能不全の壊れた機械ないなのかもしれない。

 

一方で、何かを生み出した気になって

ニヤニヤしている人たちにはなんだか腹がたつ。

「お前らは何にもしていないだろう、恥を知れ」と。

 

そんなことが続いて元気がないから、せめて文章を書いてる。文章を書いて、「私は何かを生んでいるんだ」って、ニヤニヤするために。

 

 

 

蛸。

蛸みたい。

蛸は過度のストレスがかかると自分で自分の足を食べるそう。ストレス耐性がない。

 

私も私の欠片を食べて食いつないでいる。

 

 

 

Twitterのタイムラインに

ハロウィンの写真が流れてきた。

昨日の渋谷は人がいなかったらしいが、今日はそこそこ賑わっているらしい。

カルチャアの匂いはしないけど、人間の匂いがするから私は好き。元気があったら見に行きたかった。

 

我々は常日頃から仮装をしているから、毎日がハロウィンだろうけど。

本当の欲望じゃない表情・言葉を選んで皆が生きている。

 

寂しい、抱かれたい、行きたくない、やりたくない、見栄をはりたい、チヤホヤされたい、他人に羨望されたい、出世がしたい、むかつくババアを殴りたい、格好つけていたい、愛されたい、金が欲しい

 

うるさい

 

 

 

私はモテたいし、格好つけていたいよ。

 

 

悲しくなってきたからスターバックスに入った。あったかいカフェラテを飲んだら元気が出てきた。

 

寒いのはよくないね。

犬だと言われた。

 

荻窪スターバックスの店員さんが可愛かった。

 

コードを書こう。

なんかいいもの作れる気がする。

 

 

今日はいつだって今日なのだ

2016年の09月25日

生活の記録として

 

私が生活を始めたのが2016年の04月01日のことであるので,そろそろ半年が経過しようとしている.半年前何を考えていたのか,1年前何を考えていたのか,忘れてしまったような気がするので,こうやって文章を書いている.

 

こうすれば忘れることはない気がするから.

 

本当だろうか.

いや,きっと忘れてしまうだろう.

花瓶の水がいつのまにか随分と少なくなっているように,いつの間にか忘れてしまうのだろう.

それでも花瓶に水をいれることをやめるわけにはいかないのだ.

 

 

新世界リチウムというバンドの音源をさかのぼってきいた.

クリープハイプ尾崎世界観が尾崎1人でやっていた時にバックバンドをしていたそうで,それを知った4年前の僕は動画サイトで音源を漁っていた.

 

その頃の僕には大して刺さらなかったのだと思う.なぜなら,解散ライブまでその名前を忘れていたのだから.

 

そして解散することを2015年の僕が知ることとなる.2015年の僕はそれを音楽ナタリーか何かでみたのだろう.でもそれだけだった.もう一回音楽サイトで聞き返して聞いて,そのまま別のバンドでも漁ったのだろう.

 

不思議なことで,こうやって音楽を聴きながら文章を書いているとどんどん忘れていた記憶が蘇ってくる.ところどころ歯抜けになったビデオを逆再生しているような感覚.

 

解散ライブの頃は,とても好きだった女の子がいて,その子のことばかり考えていた.といっても,その子は僕ではない方を見ていたんだけれど.

今になって思うとよくそこまでその子のことを考えていたなあ,とさえ思ってくる.おそらくその子に影響を受けて髪を脱色したし,体重も少し減った.そんな時期だったから,製作とその子のこと以外を考える時間なんてなかったんだと思う.

 

 

今はそんなこともないが,それはそれで少しさびしい.

そろそろ新世界リチウムについての話に戻ろう.

2016年の僕はなぜだかふと思い出して,彼らの音源を動画サイトで聞いている.

人の興味なんてものの感度は不明瞭にもほどがあるので,新世界リチウムを今の僕は声をあげて素晴らしい,と思っている.

 


新世界リチウム「ヒューマニズム」

 

粗い.猛々しく粗い.

「俺はこの手で君を殺す」なんて伸びきった髪の男が歌い出すMVは狂気的.

どこかで聞いたことあるコード進行だし,大してイケメンでもない.

でも格好いい.1曲聞いた後に気力が湧いてくる.そんなバンドだ.

忘れてしまいそうになるけど,ロックンロールってこんな感じでいいんじゃないか,って,思い出せる.

 


新世界リチウム ひまわり

 

くだらなかったあの子のこともいつか忘れてしまうのなら 

なんか今日の記録の主題に似ていると,今この曲を聴きながら思った.

邦画で良く見る歩道橋を駆け上がって,コンビニ行って,アホらしくなって,布団に入って明日から仕事だってなんだってやれちゃう気がしてくる.

 

 

 

 

この動画は著作権に触れてしまうので,あんまり良くないけれど.

4月から生活を始めた人,もうすぐ生活を始めることになる人にとって,あの頃住んでいた駅でもう来るはずのない人を待ってみたり,押入れにしまった6弦を弾いて隣の住人に壁を叩かれたり,君に電話したくなったりしてしまうと思う.

 

 

 

朝起きたらきっとこの気持ちもほとんど忘れてしまっていると思うけれど,それでもまたいつかの僕がきっとこれを見つけて,そのときの僕が何かを思うんだろうな.

過去の記録

久しぶりに文章を書こうと思った。


昔の恋人に小説を書いたら、と言われたことを思い出した。
 
思い出すことばかりだ。
 
ありきたりな言葉で、ありきたりな表現をしてしまう僕に文章なんて書けるのだろうか。
今でもそこから逃げ回っている。
 
「そこから?」
 
「…全てからじゃないか」
 
丸2日つけはなしたままのテレビがそう叫んでいる。僕はゆっくりと、したり顔のコメンテーターを一瞥した。
 
短髪をワックスで立ち上げ、グレーのスーツを着ている。素材はウールだろうか。微かに混じる赤紫の色味が、高級さを匂わせている。
 
どうやら話題は貧困に関することらしい。
島国のどこか遠く果てしないところに確かに存在している貧しさについて真剣な顔で話すコメンテーター。
 
壮大な矛盾が積み重なってこの世界は成り立っている。
 
 
一昨日買った好きでもない銘柄のタバコも残り一本になっている。
 
「全てからじゃないか、か」
そんなことはわかっている。
 
ゴトン、と苦悩が打ち付けられる音がする。
また、か。
 
最後の一本にゆっくりと火をつける。
苦悩の音が大きくなる。テレビでは赤紫のコメンテーターが女性の活躍についてしきりに真剣な顔で話していた。
 
 
 
 
 

うだるような暑さの中で

私は今日も生活をしている.

目を覚まして,ご飯を食べて,電車に乗って,仕事をする.そして,家に帰って,考え事をするふりをして,眠る.そうやって生活をしている.

 

「まあ,いいか.」

で片付けることが増えたような気もする.そんなこともないような気もする.

どうも世界のスピードが速すぎて,体がふわふわと浮いているようだ.ものすごいスピードで走っているジェットコースターに乗っているのと,ほとんど変わらないんだと思う.

 

いつかそのままジェットコースターだけが走り去って,わたしはレールから落ちて地面に叩きつけられるのだろうか.

その下には地面があるのだろうか,もしかしたら,桃源郷が,理想があるのかもしれない.なんで,眼下に広がる地面のことを無視して考えたりもする.

 

悪くない,悪くないね.

 

どうしようもなくなってきたから,

4年前のこの時期に聞いていた音楽を,動画サイトを漁ってもう一度再生する.

 

 

 

 

僕はまだなんとか生活ができそうだな,そんな気がした.

「まあ,いいか」が減っていくような気がしている.

きのこ帝国は死んだ?

きのこ帝国の新譜について色々な声を聞く。その大半が動揺しているような印象を受ける。半ば否定的なものも見えてくる。
 
けど、僕はそんな悲観することではないように思う。確かに違っているけれど、それはメジャーへの迎合ではない。
 

実はきのこ帝国の新譜ちゃんと聞いてないから、なんとも言えないのだけれど、「猫とアレルギー」「怪獣の腕のなか」を聞いた限りでは、また新しいことを表現しようとしてるんだなあ、と思っている。

 
 
 
どこかのインタビューで佐藤ちあき自身も言っていたと思うが、eureka、ロンググッドバイまでは喜怒哀楽の怒哀を、そしてフェイクワールドワンダーランドでは喜楽を、表現していた。
 
怒哀だからこそあの底から叫ぶような歌い方やシューゲイザーであり、喜楽としてのフェイクワールドの爽やかさや明るさ、なのだとおもう。
 
ポップスがやりたい、ポップスを優先している、ってわけではないのだ。現に東京も桜が咲く前にもマイナーコードの進行である。
 
 
んで、今回の新譜だけど、これは喜怒哀楽をすべて包含するもの、を表現しているのではないか、と思う。 
それはすなわち「愛」である。
 
愛=包摂であるとしたら、爪を立てたり駆け抜けていったりする楽曲はそれにそぐわない。穏やかであり、優しさや諦念、哀しさなど全てを包み込む表現が求められる。
 
その結果としての猫とアレルギーであり、それは攻撃性を限りなく隠し耳触りのよさを追求したのではないか。だから一聴して時に、非常にjpop的な印象を受ける人が多いのではないだろうか.
そしてきのこ帝国の音楽ではなく,攻撃性が好きだった人にとっては新譜はひどくつまらなく映るのかもしれない.映る,というより,聞こえる,のが正しいのか. 
 
そして,この曲でもテーマは一貫している.
 
これは私の勝手な妄想であるが,この歌詞でこそ彼女らが今回のアルバムで表現したかったものなのではないだろうか.喜怒哀楽を全て乗り越えた上での包み込む愛.それは何かを壊して否定するわけでもなく,何かから身を隠すわけでもない.
 
その1つの答えとして,純粋に内部の白をさらけだした上で,補い包み込むことことであるのではないだろうか.
 
そんなことを怪獣の腕のなかを聞きながら思う.
 
怪獣の腕のなか 凍える心をあたためさせて もう、傷つけるための刃など あなたには必要ないんだよ
 
怪獣の腕のなか 笑っちゃうくらいに抱きしめるから 誰かを拒むための鎧など 重たいだけだから捨てましょう
 
長くなってきたので、端的に言うと、新譜はメジャーレーベルへの迎合(多少はあるだろうけど)ではなく、きのこ帝国的に一つの新しいテーマへ進んだのであり、今までとなんらやっていることは変わらないんじゃはないか、ということである。
 
ただ怖いのは,愛を表現してしまったらその先では何をテーマにするのだろうか.
その先には死が待っているのではないか.
 
妄想が過ぎてしまった.
 
きのこ帝国むしろ進化している.し.欲をいえばお金ないけど新譜欲しいですってことです.

 

流れるままに流されない

どれだけ降れば気がすむのだろう、そんな思いでベランダの外を見やる。

 

思えばこんなに雨が降っている秋は三年前以来なのではなかろうか。

そう思う自分の都合の良さに、思わず笑ってしまう。

 

いや、三年前のこの時期は晴れていた、か。

ピンク色のアイスクリーム屋さんがあった。まだ夏が残っていて肌がじっとりしていた。僕は汗っかきなので、そのたび少し申し訳ない気持ちになる。

 

自分の人生はよくわからないもので、いまの僕の姿を三年前のお前は想像しがたいであろう。自分のことを「大人」であると思い上がっていた三年前の自分がひどく子供であったことを最近ようやく自覚できた。

若さを少し失ってしまったけれど、そのぶん年相応になれたのかもしれない。

 

自分のことを「こども」だと言ってのけた、あの子は19歳の僕よりはるかに大人で、素敵だなあ、と心の中で思っていたんだ。

 

 

自分の大学が嫌いで、でもそこの環境はある意味で楽で、見栄っ張りで楽チンな方に歩みがちな僕はずるずると進んできたのだけれど、ちょっと脇道に逸れてみようと思っている。

大変なのだろうと思うのだけれど、意外になんとかなってしまうのではないか、と。

 

何かを選ぶことはすごく度胸のいることなのだけれど、自分が好きなもの・嫌いなもの、そして大事にしたいもの、それくらいでいいから自分で選んでゆきたくなったのです。

 

この決意が雨に流されてしまわぬように。

インターネットの片隅においておきたい。

 

 

それでは最後の質問です

クリープハイプは好きですか?

 

僕はクリープハイプがとてもとても好きなんですけれど、好きなバンドとして名前を出すと、「あっロキノン厨なんですね(笑)」「まだクリープハイプ聴いてるの(笑)」「しょーもな(笑)」的なことを心の中で浮かべながら、口からは「まあいいよね」なんて言葉が漏れて苦笑いされるのが最近の社会な訳です。

 

これもすべて、クリープハイプを聴いて歌詞とともに自撮りしたり、尾崎さん最高大好きかわいい、とか言い出したり、みんなで集合写真とったりしだした方々のせいなわけです。殺す。

ってかお前らそもそも音楽聴いてないだろ、カオナシの顔と歌詞カードと自分への憐憫とナルティシズムに酔ってるだけだろう。殺す。

 

 

まあ確かにハイトーンボイスで女々しい歌詞なので苦手な人はいるだろうとは思うけれど。彼ら、音楽で凝ったことしてたりするんですよ。そして歌詞がとんでもなくうまい。

とりあえず一曲聴いてみてほしい。

 


クリープハイプ「左耳」 - YouTube

 

ずっとそばにいたい あなたが好きよ 言葉は遠回りして 迷子になってバイト遅刻 

 

 左耳 知らなかった穴 覗いたら昔の女がいた あたしは急いでピアスを刺す それで起きて寝ぼけた顔して これくれるの? なんて聞いてくる 別にそれ もういらないし

この歌詞を読むだけで想像できませんか。20代の女の子、線が細くて、少し幸の薄い顔をしている女の子が、大して広くもない6畳程度の部屋で、出来たばかりの彼氏と一緒に寝ている、と。ずっと一緒にいたいけど、そんなこと言えるわけもなくて、もやもやばかりが溜まっていく日々。

そんな中、夜中にふと目が覚めて、彼の寝顔を愛おしく眺めていると、耳にピアスの跡を見つけてしまったと。私はつけているところを見たことがないなあ、わたしと出会う前にあけていたんだろう。その時の彼女とお揃いだったのかな、 なんてとりとめもないことを考えて、どうにもしようもなくて、消したくなって、「こいつは私のこの気持ちを何も知らないで」なんて思いながらピアスを刺しこむ。

 

これだけの情景がこの短い歌詞から浮かんでくるのだ、と。多少僕が妄想壁が著しいのを考慮したとしても、他愛ない日常でうかぶもやもやしたいじらしい感情を情景とセットで描くのがずばぬけて上手いんですよ。

 

いじらしくてもやもやした感情を普遍的な歌詞に昇華するのが上手い人として、僕が崇拝する峯田和伸がいます。

そんな彼の作った名曲の一つ、BABY BABYが月9で流れたらしいですね。

僕が中学校の時は月9でモンパチが流れて、中学校で大ヒットしました。夏休みが始まるまえ、僕は頭の中で「小さな恋のうた」を歌いながら、好きなあの子にメールアドレスを聞きました。結局メールはできなかったんですけど。そんな感じで、この曲も受け継がれてほしいなあ、もう一度、青い春の画材になってほしいなあなんてことを思います。

ちなみに、原曲はこれなので、こっちを聞いてください。


GOING STEADY - BABY BABY - YouTube

 

さて、クリープハイプに戻るんですけど、彼らはすごい繰り返しを多用することにお気付きかと。

たとえばこの曲。


クリープハイプ NE-TAXI live - YouTube

イントロから執拗にリフレインするギターリフ。そして、それと呼応して繰り返されるフレーズ。そしてリフの繰り返しのタイミングと詞の繰り返しのタイミングをズラしてくる。これで詞が強調されて脳に焼きつくんです。直接頭に爪痕を立てるように刻み込まれる。そしてリズム隊もベースがエモいフレーズ弾いてたり、良いんです。(リズム隊の知識とセンスがないので言語化できなかった。)

 

地下室TIMESでも言及してたけど、この手法を使ってたバンドといえばフラワーカンパニーズ。最高の一言です。聞いてくれる人が最近一人増えて嬉しいんです。

 

話を戻すと、アレンジもまた絶妙で。繰り返しが多いからこそ、きちんと遊んでいる。同じAメロでも、突如ベースがニュッと入ってきて、これまたエモいフレーズを弾いて行ったり、半音上げたリフにしてみたり、あえてコードは聞こえないように弱く弾いたり。ああ、きちんと考えて、何を表現したいのかってのを分かった上で曲作ってるなってのがわかるわけです。

 

これとかもすごく良いです。


クリープハイプ - 手と手 - YouTube

 

ちなみに最近もその手法というかスタンスは変えていない。その上で音作りが上手くなって、さらに歌詞に普遍性を持たせてきた。にくい。そりゃ売れるよ。

 


クリープハイプ - 「エロ」MUSIC VIDEO - YouTube

 

ここからは蛇足なんですけど、個人的には昔の方が好きでして。昔のすごく局所的な歌詞が、女々しくてなんとも日々をやりきるのがうまくできない人間にとってすごく共感できたってのが全てです。どうしようもないのに、這い上がれないあのもどかしさが描写されているのがすごく愛おしかった。

間違った また間違った でもずっとこうしていられたらいいな 君じゃないと 君じゃないと 意味はないのです

間違った また間違った でもずっとこうしてもいられないから 君じゃないと 君じゃないと 意味はないから

これはクリープハイプで僕が一番好きな歌の歌詞でして。心の裏側にへばりついて離れないんですよ。いつか再録してほしいな。

 

彼らはこのスタンスから離れること、つまりは局所的な人間描写から離れてもっと多くの人に聞いてもらえる普遍的描写をするよ、ごめんね。それでも着いてきてねってことを伝えた曲を最後にこの長くてまどろっこしい文章を閉じます。

敬遠してた人ももう一回聞いてもらえたら、と。

午前三時の研究室から愛をこめて。


クリープハイプ - 憂、燦々(ゆう、さんさん) - YouTube