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サクブンチョウ

生活と音楽と物語と

街と記憶 - 中野

陽がすっかり短く柔らかくなったなあ、と思ったらもう11月だった。

あっという間に時が過ぎてしまうから、気を抜いてしまうと社会と時間に巻き取られてしまう。

 

そんなことを思いながら、夕陽の色をした電車に乗ることにした。

今日は元気が出ないから新宿は気がのらないし、今日は祝日なので、オレンジの電車はいつもの街を通り過ぎるから、1つ隣の街に行くことにした。

 

その街の喫茶店でこの文章を書いている。

商店街を抜けて、サンプラザを超えた先にある喫茶店。窓際には不揃いの陶器と草花が飾られていて、親戚の家のような感覚になる。けれど、カウンターはとても綺麗で、木の木目も味があるし、きちんと磨かれている。それから、珈琲は結構美味しい。このアンバランスさが、ごった煮の中野を象徴している。

 

しわがれ声の爺さんが、うるせえ声で、野球に一喜一憂している。一球ごとに態度が変わるから、頭が痛くなってくる。応援していたと思えば、次の瞬間にはけなしている。

一体何がしたいのだろう。いや、何もしたくないのだろう。循環していること、堂々めぐりは安心感がある。

インターネットの登場以来、情報が氾濫していると言われるけれど、現実の人間でさえこんなに情報量は圧倒的に多いのだから、気が滅入ってしまう。

ぐらぐらと揺らいでいく、そんな感覚。

 

話を中野に戻すと、わたしは中野という街へ訪れたことはそう何度もあるわけではない。スターバックスやケンタッキー、松屋などが乱立する都会地味た駅前は苦手だが、アルコールの匂いがする裏通りは好きだった。いや、アルコールの匂いがする裏通りにいられる自分が好きだったのだ、と思う。

だから、酒を飲んでいる記憶ばかり頭に残っているが、そういうわけでもなかった。街を歩いていると、結構な思い出があったことに気がつかされる。

 

忘れてしまいたい思い出ばかりだけれど、商店街の塗装みたいにしぶとくこびりついて、街の中に残っているのだ。しかも、その思い出は全部女の子がらみであって、何がか情けなくなる。

 

 

バンドが好きで、3歳年上の保育士の女に、唐突に振られたのは中野だった。

別に好意もなかったし、付き合っているわけでもなかった。だから、厳密には振られたという表現は正しくないのだけれど。酷い話だが、その頃は金がなかったので、なんとか生活費を出してもらえないか、と思いながら会っていた。

 

金は今でもないし、そんなぬるい考えが彼女に伝わって振られたのだとは思う。

 

その子は髪は肩と胸の間くらいまであって、毛先にゆるいパーマをかけていた。地味な顔立ちだけれど、目はきれいな二重で、歯並びが良かった。それから、すこしいい匂いがした。

 

その日は中野のロータリーで待ち合わせをしていて、私はバイトをしたまま向かったような気がする。冷たい雨が降っていて、「寒いね」なんて言いながら商店街を抜けて、その先の居酒屋まで歩いた。ちょうど今日と同じ道のりだった。

 

大して会話もはずまなくって、彼女がいつも口にするお気に入りのバンドの話を聞き流しながら、私は久しぶりのマグロを美味しく食べていた気がする。あのマグロは大きくて、美味しかった。そういえば、いつも二人でご飯を食べる時は、すこしだけ多めに注文をしてしまっていた。それからタバコを吸って、彼女の保育園の仕事の愚痴を聞いていた。

 

文章にすると味気がないが、私は彼女との何にもない時間が好きだったりもした。

 

帰り道はまだ雨が降っていて、1つしかない傘を半分コしながら歩いた。

「パンを焼くのが好きだ」と彼女は言うから、

「今度食べさせて」って私は言った。

 

返事がないから、何をしたらいいのかわからなくなって、当時吸っていたキャメルのブラックに火をつけて、傘の取っ手を眺めていた。傘の取っ手は、思っていたより複雑な円弧で、半円ではなかった。

「そうだね、でももう会えないかな」

彼女は小さくそう言って、ビニール傘の先を見ていた。それから、バスに乗って彼女は家に帰って行った。

 

パンが食べたかったなあ、と思って、電車に乗る気分になれなかったから、四季の森公園を一回りして、缶コーヒーを買った。あったかくて、すこしだけ悲しかった。

それから、電車に乗って家に帰った。

 

 

 

 

四季の森公園。警察署の跡地を整備してできた公園である。ちょうど、私が上京した年に完成した。ここはすごく落ち着く。そして、たくさんの思い出がある。苦くて大事な思い出が。それはまた今度書こう。

それから焼肉と、南口の駅から離れたコーヒショップのことも。

 

ああ、すっかり日が暮れて真っ暗になってしまった。

電車に乗って家に帰ろう。