サクブンチョウ

生活と音楽と物語と

思い出の質量

2016年 12月30日

思い出の質量に触れた。

 

ここ数日、

来月に迫った引越の準備と一年間の堕落の清算を兼ね、部屋の大掃除をしている。

主に、汚れた床や水周りの掃除と、溜まった服の処分や収納である。

 

どうにも服が溜まってしまって、部屋中を侵食している。

そのうち実際着ている服は3割程度で、残りはほとんど着ない服ばかりである。2年以上袖を通していなかったり、数回来ただけの服だったり。

 

「こんな服あったんだ」

そんな服が何着もあった。

 

北欧風の総柄が入ったChaopanic赤紫のカットソー。

大学1年の冬に大学で仲良くなた友人と言った原宿で買ったやつ。

非常にダサいのだけれど、なぜか当時は格好いいと思ってよく来ていた。

 

幾何学がプリントされた毛玉が目立つ、HAREの5分袖のライトブルーのTシャツ。

高校生の時の恋人から誕生日にプレゼントしてもらったやつ。地元にはないショップのもので、ZOZOTOWNか何かで注文してくれた気がする。着こなせなかったけれど。

 

現代アーティストの作品が全体に敷き詰められたUNIQLOのTシャツ。

真夏のバイトで汗だくになって、これではデートどころではない、と待ち合わせ前に駆け込んだ新宿のUNIQLOで買った。その時見た映画は時計仕掛けのオレンジ。

 

アメリカのブランドのベージュのワークパンツ。

Choki Chokiの見よう見まねで買った、ワークスタイルのパンツ。似合うはずもないのに、3年くらい履いていた。今は品揃えがガラッと変わった地元のセレクトショップの右奥の棚で1時間悩んで買った。高校生のお小遣いでは少し高かったのだ。

 

 

なんて風に、僕は自分が持っているもの(とりわけ服と本とCD)について、いちいち面倒臭いことを覚えてしまう。

だから、中々捨てられない。

思い出を捨ててしまう気がするのだ。

あの頃の僕がどこかに消えてしまう。私の中からごそっと消えてしまう。

 

とはいえ、いつまでも溜め込んでいくわけにもいかないので、

意を決して、45lのポリ袋に服を詰め込む。

1度入れてしまえば、あとは簡単なもので、

どんどん詰め込めた。

 

 

私の思い出が詰め込まれた45lのポリ袋が2つ出来上がった。

持ち上げると結構重い。

 

これは、思い出の質量だ。

 

両手でやっと1つ持つことができる重さ。

思い出の質量としては妥当なのではないか。

 

 

ああ、ようやくやっていける。

そんな気がして、なんだか気持ちが軽くなった。

思い出を背負い過ぎていたのかもしれない。