サクブンチョウ

生活と音楽と物語と

今日はいつだって今日なのだ

2016年の09月25日

生活の記録として

 

私が生活を始めたのが2016年の04月01日のことであるので,そろそろ半年が経過しようとしている.半年前何を考えていたのか,1年前何を考えていたのか,忘れてしまったような気がするので,こうやって文章を書いている.

 

こうすれば忘れることはない気がするから.

 

本当だろうか.

いや,きっと忘れてしまうだろう.

花瓶の水がいつのまにか随分と少なくなっているように,いつの間にか忘れてしまうのだろう.

それでも花瓶に水をいれることをやめるわけにはいかないのだ.

 

 

新世界リチウムというバンドの音源をさかのぼってきいた.

クリープハイプ尾崎世界観が尾崎1人でやっていた時にバックバンドをしていたそうで,それを知った4年前の僕は動画サイトで音源を漁っていた.

 

その頃の僕には大して刺さらなかったのだと思う.なぜなら,解散ライブまでその名前を忘れていたのだから.

 

そして解散することを2015年の僕が知ることとなる.2015年の僕はそれを音楽ナタリーか何かでみたのだろう.でもそれだけだった.もう一回音楽サイトで聞き返して聞いて,そのまま別のバンドでも漁ったのだろう.

 

不思議なことで,こうやって音楽を聴きながら文章を書いているとどんどん忘れていた記憶が蘇ってくる.ところどころ歯抜けになったビデオを逆再生しているような感覚.

 

解散ライブの頃は,とても好きだった女の子がいて,その子のことばかり考えていた.といっても,その子は僕ではない方を見ていたんだけれど.

今になって思うとよくそこまでその子のことを考えていたなあ,とさえ思ってくる.おそらくその子に影響を受けて髪を脱色したし,体重も少し減った.そんな時期だったから,製作とその子のこと以外を考える時間なんてなかったんだと思う.

 

 

今はそんなこともないが,それはそれで少しさびしい.

そろそろ新世界リチウムについての話に戻ろう.

2016年の僕はなぜだかふと思い出して,彼らの音源を動画サイトで聞いている.

人の興味なんてものの感度は不明瞭にもほどがあるので,新世界リチウムを今の僕は声をあげて素晴らしい,と思っている.

 


新世界リチウム「ヒューマニズム」

 

粗い.猛々しく粗い.

「俺はこの手で君を殺す」なんて伸びきった髪の男が歌い出すMVは狂気的.

どこかで聞いたことあるコード進行だし,大してイケメンでもない.

でも格好いい.1曲聞いた後に気力が湧いてくる.そんなバンドだ.

忘れてしまいそうになるけど,ロックンロールってこんな感じでいいんじゃないか,って,思い出せる.

 


新世界リチウム ひまわり

 

くだらなかったあの子のこともいつか忘れてしまうのなら 

なんか今日の記録の主題に似ていると,今この曲を聴きながら思った.

邦画で良く見る歩道橋を駆け上がって,コンビニ行って,アホらしくなって,布団に入って明日から仕事だってなんだってやれちゃう気がしてくる.

 

 

 

 

この動画は著作権に触れてしまうので,あんまり良くないけれど.

4月から生活を始めた人,もうすぐ生活を始めることになる人にとって,あの頃住んでいた駅でもう来るはずのない人を待ってみたり,押入れにしまった6弦を弾いて隣の住人に壁を叩かれたり,君に電話したくなったりしてしまうと思う.

 

 

 

朝起きたらきっとこの気持ちもほとんど忘れてしまっていると思うけれど,それでもまたいつかの僕がきっとこれを見つけて,そのときの僕が何かを思うんだろうな.