過去の記録
久しぶりに文章を書こうと思った。
昔の恋人に小説を書いたら、と言われたことを思い出した。
思い出すことばかりだ。
ありきたりな言葉で、ありきたりな表現をしてしまう僕に文章なんて書けるのだろうか。
今でもそこから逃げ回っている。
「そこから?」
「…全てからじゃないか」
丸2日つけはなしたままのテレビがそう叫んでいる。僕はゆっくりと、したり顔のコメンテーターを一瞥した。
短髪をワックスで立ち上げ、グレーのスーツを着ている。素材はウールだろうか。微かに混じる赤紫の色味が、高級さを匂わせている。
どうやら話題は貧困に関することらしい。
島国のどこか遠く果てしないところに確かに存在している貧しさについて真剣な顔で話すコメンテーター。
壮大な矛盾が積み重なってこの世界は成り立っている。
一昨日買った好きでもない銘柄のタバコも残り一本になっている。
「全てからじゃないか、か」
そんなことはわかっている。
ゴトン、と苦悩が打ち付けられる音がする。
また、か。
最後の一本にゆっくりと火をつける。
苦悩の音が大きくなる。テレビでは赤紫のコメンテーターが女性の活躍についてしきりに真剣な顔で話していた。